2010年03月21日

妄想と現実

 この国で突如として広まった、男を一晩で完全な女性に変じさせるウイルス。
 そのメカニズムの解明と感染源の特定と法律の整備とで、世の中はてんやわんやの大騒ぎだ。
 まあ、うちの県内に隕石だか人工衛星だか宇宙船だかが落ちて、直後に流行が始まったんだから、ウイルス感染時の症状と合わせて騒ぎになるのも無理はない。

 自分はといえば、このウイルスがどこから来たのかなんてことに興味はない。
 ただただ、失敗したなと思っているだけだ。

 運良く感染し、見事に発症したのに、何故馬鹿正直に病院を訪れてしまったのかと。

 ああそうだ。自分は以前から女になりたいと考えていた。こんな一国規模のパニックだって、何度も妄想したぐらいだ。
 発症した晩は確かにかなりの苦しみに襲われたが、終わってみれば念願の、若くて美しい女体だ。自分は20代後半の男だったわけだが、今や10代と言っても通用する外観だし、顔といいスタイルといい、青年誌のグラビアを飾っていてもおかしくない。
 
 これで色々楽しみ放題だ!と思ったのだが、念のため病院に行ったことで三ヶ月も留め置かれることになったのは誤算だった。
 流行初期だったのが拙かったな……。
 発症者からヒトへの感染の有無だってまだわかってなかったし、病院側も色々と調べたがったのだ。
 なかなか自由が訪れないことに、最初のうちは不安にすらなった。何しろたった一晩で性別が変わったのだ、また一晩で元に戻ってしまわないとも限らない。楽しみにしていたあんなことやこんなことも経験しないうちに男に戻ったのではたまったもんじゃない。
 いや勿論、自分の身体の探索ぐらいはしたよ?
 けど、声を殺してこっそりとやってるだけじゃあ、不満も溜まるというもの。
 何より、折角容姿に恵まれたのに、医者と看護師しか見せる相手がいないなんて面白くないじゃないか。本当なら可愛い服を着て街に出て、男たちの視線を釘付けにしてやりたいのに! 相手がいなくちゃ出来ないコトだってあるんだしさ。
 身体が元に戻るんじゃないかという不安は次第に消えていったけど、外に出られない不満はつのる一方だった。
 まあ、発症者の扱いを国としてどうするのかもすぐには決まらなかったから、外に出たところで車の運転すらままならなくて、不便ではあったんだけどね。

 
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2009年06月21日

マヤクへの誘い(後編)

 あの日以降、マリナとの連絡は取れないままだった。
 クスリを飲んだ夜から数日は、ただ返事が来ないだけだったのだが、とうとうメールが届かなくなってしまった。おそらくメアドを変えられてしまったのだろう。
 他に連絡手段がない以上、街で偶然出会うことを期待するしかないのだが、そう上手くいくわけもない。
 聞きたいことは沢山ある。

 何のために、俺があのクスリを飲むよう仕向けたのか?
 連絡が取れないのは、もう俺が用済みだということなのか?
 それは、俺がクスリを飲んだことと関係があるのか?

 ……すっきりしない。

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2009年06月14日

マヤクへの誘い(中編)

 街中を歩いていると、どうも人の視線を感じる。
 やはり、服装がおかしいのだろうか? 暑いとは思いつつも、今の体を隠せるよう極力サイズの大きめな長袖のシャツを着て、同じくダボダボ気味なズボンを穿いて来たのだが、かえって目立ってしまっているのかもしれない。
 顔も変わっているのだから、自分の体が女になっていることを隠す必要はないのかもしれないが、それでも、この姿を人目に晒すことには抵抗があった。
 万が一、とかも考えてしまう。
 堂々と歩いた方が注意を引くこともないのだろうけど、ついつい帽子を目深に被って、縮こまるように歩いてしまうのだった。

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2009年06月09日

マヤクへの誘い(前編)

「やだ、何も使ったことないの?」
 ベッドに横たわった女の言葉には、挑発的な響きが含まれていた。少しムッとして思わず言い返す。
「いや、だって危ないだろ。俺はそんなもので人生棒に振る気はないよ」
「知らないんだ? 依存性のないものだってあるんだよ。身体に毒ってこともまったくないし、タバコの方がよっぽど身体に悪いんだから」
 女の口調は自信に満ちていて、何も知らない相手に目上から教えてやっている、という態度だった。
「それとも何? 法律のお墨付きがないとなんにもやれない?」
 臆病だなあ――とまで言われたわけではないが、彼女の目がそう語っている気がした。
「ちなみに、持ってたって捕まらないよ。禁止されてるものじゃないから」
 果たして、そんなに単純なものなのか。無知な人間の言い訳じみているとも感じたのだが、ここまで言われても手を出さないと、きっと「臆病な良い子ちゃん」の烙印を押されてしまうだろう。
 それは面白くない想像だった。

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2008年09月12日

めたもるせるかりあ(後編)

 和明の提案で、僕らはハンバーガーショップで昼食を摂ることにした。実を言うと、朝の時点ではまだ猛烈な食欲があって、かなりの量を食べてしまったんだけど、今はもう落ち着いている。外食のコストに悩む必要もないというわけなんだ。
 人並みの量を注文して、あらかた食べ終わった頃、ようやく和明が話し出した。
「正直に言うと、俺も、そんなに詳しいことまでは調べられなかったんだよ。言い訳みたいだけど、ほとんどお前の傍にくっついてたしな……」
「今は責めないでおくけど……。それで? 何かわかったことはあるの?」
「ネットを軽く漁ってみつけた程度の情報だけどな。あの薬……あれは惚れ薬というより、催淫薬みたいなもんだって話をいくつか目にした」
「サイインヤク?」
「ああ。どんなに身持ちの固い女でも、高飛車な女でもオとせるってのは本当。たとえもの凄く嫌われていたとしても、セックスまで持ち込めるってのも本当。……惚れさせたんじゃなくて、淫乱化させちまったってことだったんだけどな。それが誰だろうと、効き目が表れた時、目の前にいる男に襲いかかっちまうんだと」
 淫乱化……目の前の男に……。や、やっぱり僕も、あの薬のせいで。
「けど、それって女の人の話だよね? 男にも効果があるのか――っていうより、体が、その、変わっちゃうなんて、どういうことなのさ?」
「あー、それなんだけどな……」
「そこから先は、わたしが話してあげるわ」
 ――え?

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2008年09月05日

めたもるせるかりあ(中編)

前編はコチラ

「…………」
「…………」
「…………」
「……女は食欲で性欲を誤魔化せるって聞いたんだけどなあ」
「はあっ?! なんだよそれっ!? じゃ、じゃあ何? さっきの大量のご飯ってそういうこと? やっぱり心配してるわけじゃなかったんだっ!」



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2008年06月08日

めたもるせるかりあ(前編)

 だ、大丈夫かな? 本当に、そんなもの飲ませちゃって大丈夫なのかな?
 僕は、向かい側に座った篠宮さんと、篠宮さんの手元に置かれているグラスの中身に視線を行き来させる。
 篠宮さんは、さっきからずっと不機嫌そうな表情のままだ。それはいつも通りのことなんだけれど、もしかしたら僕がおどおどと落ち着かないことに苛立っているのかもしれない。そう思うと、余計にいたたまれない気持ちになる。
 ああ、本当に上手くいくんだろうか。

「いい惚れ薬があるんだよ」
 そう言って、親友の和明が話を持ちかけてきたのは数日前のことだ。
「惚れ薬って……またそんな、うさんくさいなあ」
「いや、これはマジモンらしい。どんなお堅い女でも一発でオとせるって話だ。おそらく、あの貴子でもな」
「し、篠宮さんを……?!」
 篠宮貴子さんというのは、僕らのクラスメイトだ。物凄い美人で、多くの男子の憧れの的。学力も運動能力も高く、いつも堂々と振る舞っている。
 けれども、その性格は苛烈そのもの。告白して、手酷く振られた男子が何人もいるという話だ。自分の気分を害した人間には容赦がなく、相手が間違ったことを言っている場合、それが教師であろうが一歩も譲らずに叩き伏せる。
 僕は、そんな篠宮さんに憧れていた。けれど、僕みたいに、いつも自信が持てなくてびくびくしている人間を、篠宮さんが好きになってくれるとは思えない。たとえ勇気を振り絞って告白しても、いままで振られてきた多くの男子同様か、それ以上に、歯牙にもかけてもらえないだろう。
 そんな僕の気持ちに、和明はかなり前から気付いているようだった。だから、この日もこんな話を持ち出してきたんだろう。
「けどそんな……いまどき惚れ薬なんて。どうせまた、ネットの怪しげなサイトで見つけてきたんでしょ?」
「おおよ。けどな、今回は大丈夫だ! 今まで豊富な経験を積んできた俺の勘がそう言っている! ちなみにな、もう買ってあるぞ。早速、貴子で試してみようぜっ」
「早いよっ! そ、それに、本物でも偽物でも、そんなのを篠宮さんに飲ませちゃ悪いよっ」
 これまでも、和明はネットで奇妙な商品を見つけ出しては騒いで購入し、たいがい外れを掴まされている。どうせ、今回もそうなるんだろうけど、そんな正体不明なものを篠宮さんに飲ませるなんてできない。本物だとしたら……そ、そりゃあ興味はあるけれど、薬なんかに頼って篠宮さんの心を手に入れようとするのは、いけないことだと思う。うん、まあ、頼りたい気持ちは、あるんだけどね。
「構やしないって。俺だって、たまには貴子がデレてるところも見てみたいしなっ」
「で、でも、もし失敗して、僕らが使おうとしたってバレたりしたら……」
 ことの善悪以前に、実はこっちの方が怖かったりする。
 けれど、和明は随分と気楽そうだ。
 和明と篠宮さんは幼馴染らしく、和明は普段から、篠宮さんに気安く接している。「貴子」なんて、下の名前で呼び捨てにしているのは、男子では和明ぐらいだ。
 幼馴染といっても、仲が良い、というわけではないみたいだけれど。たいてい、和明が何か馬鹿なことをやっては、篠宮さんに引っ叩かれる、といった具合なのだ。ただ篠宮さんも、和明を本気で嫌ったり無視したり、といった様子はないんだよね。昔からそういう関わり方だったのかなあ。
「まかせとけって。段取りは全部俺が整える。間違ってもお前が恨まれたりしないように気をつけるから安心しろ。ま、絶対俺が疑われるしな! はっはっは!」
「う、うん……」


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posted by nekome at 15:29| Comment(2) | TrackBack(0) | 創作・変身
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