「思い出したって……何を?」
「いや、こういう時ってさ、漫画なんかだと……セックスすると元に戻るってのもあるんだよな」
「…………え?」
はは、やっぱり固まったか。いや、かすかに眉を寄せているし、あまり愉快そうな反応じゃあないな。
「なんなの? その冗談」
あながち冗談でもないんだけどな。
特に俺の場合は、本当だ。本当のことにできる、ということだがな。
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2009年02月15日
2009年02月09日
イニシアティブを握るには(中編)
「春日……?」
「うん、春日結衣がわたしの名前です」
「結衣ちゃんか。俺の名前は木原雅樹な」
表札を見上げて呟いた俺に、彼女は自分の名前を教えてくれた。そんなものはとっくに調査済みなのだが、初めて聞いたような顔をして名乗り返す。ただし、こちらは偽名だ。今日は俺の名前を特定できるようなものは持っていないから、自分で言わない限り、本名を知られる心配はない。
「あの、すいません。ちょっと鍵を……」
制服のポケットに手を伸ばす彼女を制して、自分でポケットの中を探る。
「ん、ああ、俺が出すよ。こっちのポケットだな?」
鍵を開けて家の中に入り、ドアを閉めると、二人して深く息を吐き出す。
「これでやっと、人目を気にしなくてすむな。あ、もう身体離していいぞ」
「そ、そうですね」
なんだか妙にどぎまぎした様子で、肩に回した腕を離す結衣。男の身体になって、現在の自分よりも華奢な本来の自分の身体――女の子の身体を支えていたことに、なんらかの戸惑いを感じていたのかもしれない。
あるいは、それ以上のものか。ふむ、今回も上手くいきそうだな。
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「うん、春日結衣がわたしの名前です」
「結衣ちゃんか。俺の名前は木原雅樹な」
表札を見上げて呟いた俺に、彼女は自分の名前を教えてくれた。そんなものはとっくに調査済みなのだが、初めて聞いたような顔をして名乗り返す。ただし、こちらは偽名だ。今日は俺の名前を特定できるようなものは持っていないから、自分で言わない限り、本名を知られる心配はない。
「あの、すいません。ちょっと鍵を……」
制服のポケットに手を伸ばす彼女を制して、自分でポケットの中を探る。
「ん、ああ、俺が出すよ。こっちのポケットだな?」
鍵を開けて家の中に入り、ドアを閉めると、二人して深く息を吐き出す。
「これでやっと、人目を気にしなくてすむな。あ、もう身体離していいぞ」
「そ、そうですね」
なんだか妙にどぎまぎした様子で、肩に回した腕を離す結衣。男の身体になって、現在の自分よりも華奢な本来の自分の身体――女の子の身体を支えていたことに、なんらかの戸惑いを感じていたのかもしれない。
あるいは、それ以上のものか。ふむ、今回も上手くいきそうだな。
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2009年02月01日
イニシアティブを握るには(前編)
朝8時過ぎの住宅街。
学校へ向かう児童や生徒の姿も既に消え、通勤に使われる車も出払っている。そんな人気の少なくなった道路を走る足音が聞こえてくる。
時間が時間だ。おそらく遅刻寸前で急いでいるのだろう。
足音はだんだん近づいてくる。俺の前方にも後ろにも人の姿はないから、目の前の十字路あたりですれ違うのだろう。そんなことを考えながら足を運んでいると――
「うおっ!?」
「きゃっ!」
横方向から強い衝撃。モロにぶつかってしまったらしく、俺は後ろに倒れて尻餅をつく。
ぶつかった相手の様子を確かめようと、急いで視線を上げると……目に映ったのは、地面に座り込んだ「俺」の姿だった。
倒れた拍子に手を擦ってしまったらしく、「彼」は顔をしかめながら手の平を見た瞬間、硬直。慌てて両腕を顔の前に掲げ、服の袖を引っ張って確認。
そこでようやく、こちらのことまで頭が回ったのか、恐る恐るといった様子で、俺の方に顔を向ける。
瞳が驚愕に見開かれ、震える手でこちらを指差す。
「わ、わたしがいる――――?!」
――成功だ。
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学校へ向かう児童や生徒の姿も既に消え、通勤に使われる車も出払っている。そんな人気の少なくなった道路を走る足音が聞こえてくる。
時間が時間だ。おそらく遅刻寸前で急いでいるのだろう。
足音はだんだん近づいてくる。俺の前方にも後ろにも人の姿はないから、目の前の十字路あたりですれ違うのだろう。そんなことを考えながら足を運んでいると――
「うおっ!?」
「きゃっ!」
横方向から強い衝撃。モロにぶつかってしまったらしく、俺は後ろに倒れて尻餅をつく。
ぶつかった相手の様子を確かめようと、急いで視線を上げると……目に映ったのは、地面に座り込んだ「俺」の姿だった。
倒れた拍子に手を擦ってしまったらしく、「彼」は顔をしかめながら手の平を見た瞬間、硬直。慌てて両腕を顔の前に掲げ、服の袖を引っ張って確認。
そこでようやく、こちらのことまで頭が回ったのか、恐る恐るといった様子で、俺の方に顔を向ける。
瞳が驚愕に見開かれ、震える手でこちらを指差す。
「わ、わたしがいる――――?!」
――成功だ。
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2008年04月06日
やめられない
通勤・通学ラッシュの電車を利用することに、諦めはしても慣れることはない。行きたくもない会社に行くために、朝の眠いうちから、すし詰めの列車内で長時間揺られて過ごすなど、どんな苦行かと思えてくる。
しかも停車駅の少ない特急一般車両ともなれば、途中で座れる可能性などなきに等しい。わずかな可能性にかけて椅子の横に陣取っても、間抜けに口をあけて眠る先客を、降りる駅まで見せつけられ続け、不公平感を味わうのが大抵だ。いっそ座ることを諦めて、ドア近くの壁際に行った方が、もたれかかることができる分楽というものだ。
しかし、周囲を中年男性で固められた日にはたまったものではない。不快な加齢臭に、味わいたくもない硬い体の感触に体温。
最近は痴漢対策で女性専用車両を導入するところも増えているようだが、これ以上女性客の割合を減らされるなど、冗談ではない。男だって、いや男だからこそ、野郎に密着して過ごすのは気分が悪いのだ。
ラッシュの車内でのわずか慰めといえば、自分のすぐ前や隣に、若い女性が来てくれた時だ。こちらから触ったりしなくとも、服越しに腕や脚が触れているだけでも、だいぶ気分が違う。そういう時の俺は、触れ合っている部分に神経を集中させ、限られた面積の柔らかな感触を、出来るだけしっかり味わうようにしている。
偶然触れているだけなのだから、犯罪ではない。それに、その間どんなによこしまなことを考えていようが、俺の自由だろう。
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しかも停車駅の少ない特急一般車両ともなれば、途中で座れる可能性などなきに等しい。わずかな可能性にかけて椅子の横に陣取っても、間抜けに口をあけて眠る先客を、降りる駅まで見せつけられ続け、不公平感を味わうのが大抵だ。いっそ座ることを諦めて、ドア近くの壁際に行った方が、もたれかかることができる分楽というものだ。
しかし、周囲を中年男性で固められた日にはたまったものではない。不快な加齢臭に、味わいたくもない硬い体の感触に体温。
最近は痴漢対策で女性専用車両を導入するところも増えているようだが、これ以上女性客の割合を減らされるなど、冗談ではない。男だって、いや男だからこそ、野郎に密着して過ごすのは気分が悪いのだ。
ラッシュの車内でのわずか慰めといえば、自分のすぐ前や隣に、若い女性が来てくれた時だ。こちらから触ったりしなくとも、服越しに腕や脚が触れているだけでも、だいぶ気分が違う。そういう時の俺は、触れ合っている部分に神経を集中させ、限られた面積の柔らかな感触を、出来るだけしっかり味わうようにしている。
偶然触れているだけなのだから、犯罪ではない。それに、その間どんなによこしまなことを考えていようが、俺の自由だろう。
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