あの日以降、マリナとの連絡は取れないままだった。
クスリを飲んだ夜から数日は、ただ返事が来ないだけだったのだが、とうとうメールが届かなくなってしまった。おそらくメアドを変えられてしまったのだろう。
他に連絡手段がない以上、街で偶然出会うことを期待するしかないのだが、そう上手くいくわけもない。
聞きたいことは沢山ある。
何のために、俺があのクスリを飲むよう仕向けたのか?
連絡が取れないのは、もう俺が用済みだということなのか?
それは、俺がクスリを飲んだことと関係があるのか?
……すっきりしない。
すっきりしないといえば、最近はどうにも悶々とした気分になる。性的な意味でだ。
オナニーをしても解消されない、胸の内で燻っている何か。
……いや、「何か」じゃない。わかってはいるんだ。
あの夜のことが、どうしても忘れられない。この、男の体では得られない快楽。あの時受けた刺激が脳にちらついて、「オマエが本当に欲しい快楽はそれじゃないだろう?」と囁くのだ。
だからオナニーを試みても、途中で気分が乗らなくなってしまうことがある。
その一方で、男を「そういう行為」の相手として見てしまうことへの抵抗感も強い。
だって、そんなのどう考えたって変態じゃないか。
クスリを飲んであの「パーティー会場」に行けば、確かに快楽は得られるかもしれない。けれど、あの女たち――偽物の女たちのように堕ちてしまいたいとは思わない。あんな風に、ペニスをねだって恥ずかしげもなく尻を振るようになんて……。
――ぞくりと、体の中を走りぬけた甘い痺れを、頭を振って払い落とす。
駄目だ。「それも愉しいかもしれない」なんて考えてしまっては。
今だって、何事もなかったかのように大学に通っているけど、内心は大変なんだ。男の顔を見ては「コイツとならキスできるかな」とか、男の手を見ては「この手で触られたらどんな気分かな」とか、ろくでもない考えが頭をよぎってしまう。そして、自分がそんな妄想を抱えていることに勘付かれやしないかとビクついてしまうのだ。
これ以上病状が進行するなんて冗談じゃない。
けれどもやっぱり、もう一度女の体を体験してみたいという欲求は否定できない。
……そうだ。
あのクスリを飲んだからといって、何も必ず男と寝なきゃいけないなんてことはないじゃないか。
女の体でだって、オナニーはできる。幸い、クスリはもう一粒残っている。自分の手でじっくりと気持ち良くなればいいじゃないか。それぐらいなら問題ないはずだ。
思いついたその夜に、実行することにした。
肉体の変化にともなう苦痛は、最初の時よりはやわらいでいたように思う。とはいえ、結局は気を失ってしまったのだが。
意識を取り戻した時、胸のあたりで何かが圧迫されるような痛みに顔を顰めた。どうやらうつ伏せに倒れていたらしい。身体を起こして視線を下ろすと、上半身には、先日も目にした見事な膨らみが備わっている。
変身後の手間を省こうとあらかじめ下着姿になっておいたのだが、結果、裸の胸を床に押し付けることになってしまった。これじゃあ痛いはずだ。
「にしても……はは、本当にまた女になれちまったよ」
あれだけ強烈な体験をしたとはいえ、やはり、カプセルひとつで性別が切り替わってしまうなんて現実味が薄い。実際に変化した肉体を目にするまでは実感が湧かないのだ。
洗面台の前まで行くと、鏡で自分の身体をあらためてじっくり眺める。
「やっぱ、可愛いよな。自分で言うのもなんだけど。……それに、エロい」
この間はいっぱいいっぱいだったし、心の準備もないままに犯されてしまうやらで、自分の身体を見て楽しむ余裕なんてなかった。
今、こうやって鏡越しに見てみると、自分がいかに魅惑的な肉体なのかがわかる。こんな娘が目の前にいたら、俺だって押し倒してしまいたい。
そう、まずはこんな風に胸を――
「んっ、柔らかい……ふぅっ……ぅうんっ」
手の平に吸い付くようなしっとりとした肌。柔らかい胸には容易に指が沈み込み、けれども適度な弾力で押し返される。このとろけるような触り心地を、ずっと味わっていたくなる。
「んはぁ……ああ……んっ……んんぅ……」
得られる快楽は、胸を揉む両手に伝わってくる感触だけじゃない。自分の手によってぐにぐにと形を変えられる胸からも、切なさ混じりの気持ちよさが伝わってくる。そうだ、この感覚をまた味わいたかったんだ。思わず、唇から熱を持った吐息が漏れる。
「ふひゃっ!? ん、はぁ……んん……ふぁんっ!」
すっかり血液の集まった乳首からの刺激は、やっぱり格別だ。甲高い声を抑えようがない。
「す、凄……胸に、ち○こついてるみてえ……。んっ、あっ、はっ……ひぅっ、ふあぁっ!」
このまま、乳首だけでもイけるかもしれない。
けれども少し怖くなってしまい、一旦胸を責めるのをやめて、トランクスを脱ぐ。
股間からつぅっと糸を引くのが見えて、顔が熱くなる。予想はしていたけれど、下の方もすっかり準備が出来ていたみたいだ。まったく、いやらしいカラダだ。けれど、それが今の自分。
「ううっ……んっ……くっ……あはぁっ」
あの夜に何人もの男のペニスを受け入れた淫穴は、やすやすと指を飲み込む。これだけぬめっていれば当然なんだろう。
しかし、粘液によって容易に咥え込みつつも、細い指すらしっかりと締め付け、熱い肉がうねって絡みついてくるのを感じる。男たちが情けない声を出していたのも納得だ。
「ん、はぁ、でも……た、足りない……んぅっ、ふ……ぁ……ん」
男を悦ばせる肉壺は、しかしそれ自身が満足してくれない。
指を二本に増やし、時に内部で広げたり、鉤状に折り曲げたりと、カラダの求めに従って刺激していくのだけれど、まだまだ弱い。こんな小手先の技術じゃなくて、もっと存在感のある、凶暴な塊に、奥まで何度も強く突かれたい。蹂躙されたい。そう、欲しいのはつまり男の――
「だ、ダメだ。そんなこと考え……ちゃ、ああでも……! ぅんっ、くあ、あああ、ほ、欲し……」
気持イイのに、どんどん気持ち良くなっていくのに。欲望までどんどん膨れ上がっていく。なにか、代わりのものでカラダを鎮めないと。
「そ、そうだ、クリ……クリト、リスも……」
腰を振るのに夢中な男たちが、あまり構ってはくれなかった場所。いや、弄られてはいたのかもしれないけれど、あの時はわけがわからなくなっていたので、よく憶えていない。
男の亀頭よりもずっと敏感だというソコに、自覚のうえでは初めて、そうっと手を伸ばす。
「ひぁっ?! ひゃっ、ふわああっ!!」
たっぷりと粘液をまぶした指で、皮を剥いて軽く触ったのだが、それだけで腰が跳ねた。
まさに電流のような、激しすぎる快感。けれど、今はそれぐらいのものが欲しい。
「ふァっ! あっ、あっ、はああァっ! んあっ、ああっ!」
スイッチを押すと嬌声を上げる人形にでもなったかのように、トントンと肉芽をノックする度に体を仰け反らせ、悲鳴のような声を繰り返し上げる。
下腹部に満たされない隙間があるというもどかしさ、切なさは抱えたままに、速さを増す指の動きによって、肉体は強制的に高みへと上り詰めさせられていった。
「んっ、うあぁっ、く、クる……い、イっちゃ……あっ、あっ、ふあああああ〜っ!!」
頭が白くなるような衝撃と、何度も打ち寄せる快楽の波。
体から力が抜け、ぐったりと床に倒れ込む。けれども、股間に手を伸ばすと、すぐに甘い疼きを感じることができた。
まだ、まだ愉しめる。
「あっ……あンっ」
目覚めは最悪だった。
何度も絶頂を迎えたのち、疲れから意識を失ったのか、全裸のまま固い床に横たわっていたのだ。
けれど、自分の顔を曇らせているのは体の痛みじゃない。
昨夜はたっぷりと女の快感を味わったとはいえ、結局、逞しいモノに満たされたいという欲求は叶えられないままだった。そんなろくでもない願望を抱えたまま、男の体に戻ってしまったのだ。自分の体を見下ろした時の失望感といったらなかった。
女の体でオナニーすれば気が紛れるなんてのは、とんだ勘違いだった。
それどころか、歪んだ願望をより強く自覚することになるなんて……。
もやもやとした気持ちを抱えたまま日々を過ごしたが、一週間ほど経ったところで、限界が訪れた。もう耐えられない。
あのクスリ。
あのクスリが必要だ。
「くそっ! なんでみつからないんだ!?」
記憶を頼りに、あの時の怪しげなアパートを探したのだが、どれだけ歩き回ってもみつからない。周りの景色、建物には見覚えがあるのに、肝心の売人の拠点だけが存在しないのだ。
アパートがあったはずの場所は、建物と建物に挟まれた狭い空き地があるだけで、その空き地にしても、とうていアパートが収まるほどの面積があるとは思えない。立て壊されたとも考えられないのだ。
まさか……夢? あれが夢? いや、それこそ麻薬で幻覚をみていただけ、とか……。
「……いや、いや! 待てよ……?」
いくらなんでも、あんな凝った幻覚があるか? それに、今も自分を内から焦がす欲求。これがたかだか幻覚ごときで植え付けられたものであってたまるもんか。
それに、引っ掛かっていたことがあるじゃないか。あの異様に面倒だった、アパートへ向かう道順。もし、あれに意味があったとしたら。
もう、その可能性にすがるしかなかった。ここで立ち止まるような精神的余裕は残っていないのだ。
即座に部屋に取って返すと、道順の書かれたメモ書きを探し出し、またすぐに外へ飛び出した。
もう空は暗くなりかけていたが、構わず正確にルートを辿っていく。マリナが残した言葉に従って。
最後の路地を通り抜けると、すぐそこに、あの時と同じ薄汚れたアパートがあった。
両隣の建物は、夕方に何度も目にしたものだ。ただ、その間に問題のアパートが収まっているということだけが違う。そして、辺りは異様なまでに静かで、人の気配を感じない。
「ど、どう、なってるんだ……これ」
期待通りの結果だったとはいえ、その不可解さに背筋が寒くなる。
考えてみれば、人間をあそこまで完璧に性転換させ、時限性で元に戻す薬なんて、尋常なものじゃない。そんな凄い技術がまったく社会に知れ渡っていないなんてこと、あるんだろうか?
でももし、あれが完全に常識の外のモノ、ヒトの手によるものじゃなかったとしたら――
相変わらず僅かな照明しか灯っていないアパートが、一層薄気味悪いものに見えた。
けれど、それだけ不気味さを感じても、足が止まることはなかった。
ここで踵を返せるほど、自分を苛む衝動は生易しいものじゃないし、その程度の思いだったら、そもそもこんな手間をかけてここまで来ない。
もう引き返せないほどハマり込んでいるんだ。思い切って溺れてしまおう。
前回と同じドアの前まで行き、ノックをしたうえで、郵便受けにマリナのカードを滑り込ませる。
「……これはこれハ、再びご利用いただき、ありがとうございまス。それデ、今度はいくらほど必要ですカ?」
記憶に残っているとおりの、奇妙な発音の男が語り掛けてくる。あの時は外国人なのかと思ったが、そもそも人間なのか――いや、余計なことは考えないでおこう。
欲しいクスリの数を伝えると、男が値段を答える。払えない額ではないが、気軽に使える金額でもなかった。
「っ……! 足元見やがって……」
「それは当然でしょウ? コレが適正価格。……アナタにとっても、このぐらいは出す価値があるのではないですカ? だからまた、ここまで来たのでしょウ?」
余裕ぶった語り口に、気分が悪くなる。
「はっ! 依存性はないとか言っといて、実際にはどっぷりハマらせる気満々だったんじゃないか。まったく商売繁盛だよな」
「依存性がないというのは本当ですがネ。アナタの望みはクスリによって変化するコトではなく……その先にあるのでハ?」
顔が熱くなるのを感じたが、なんとか堪え、黙って札を郵便受けに突っ込んだ。
「……毎度、ありがとうございまス。またのご利用ヲ」
この日から頻繁に、クスリで女に変身しては、夜の街に繰り出すようになった。
「パーティー会場」で知り合ったエリにも付き添ってもらい、女物の服を買い揃えたり、化粧を勉強したりもした。
もっとも、あのクスリで変身した姿であれば、無闇に着飾らなくても男は寄ってくる。抱いてくれる男に困ることはなかった。
そして、男から金を巻き上げるのも簡単だった。「パーティー会場」に行っても良いし、自分でターゲットを釣り上げても良い。おかげで、決して安いとはいえないクスリ代も、なんとか賄うことができた。
今までやっていたバイトは辞めてしまい、その分、より多くの時間を女として過ごして、その肉体の魅力を駆使して金を稼いだ。
男に抱かれるためにクスリを飲み、クスリを買うために男に抱かれる。
最初は愉快だったこのサイクルだけど、そのうち不満が溜まってきた。
ネックになるのは、クスリによる効果の制限時間、十二時間だ。ひとりの男と過ごすだけでも、一錠だけでは心許ないことがある。
変身状態でクスリを飲めば、効果が延長されるだけで、肉体に新たな変化は訪れない。かつて、俺の前でマリナがクスリを飲んでいたのも、こういう事情だろう。だから続けて飲むこと自体は問題ではないのだが……だんだん、消費量の増加が無視できなくなってきた。それに、制限時間にビクビクしながら過ごすのは楽しいことじゃない。
「ねえ、もっと長時間変身してられるクスリはないの? 丸一日とか、一週間とか」
もう大学にも興味はなくなっている。今はこの美しい姿で少しでも長い時間、愉しく過ごすことが最優先だ。
「随分と気に入っていただけたようデ、嬉しい限りですヨ」
「世辞はいいから、教えてくれない? 半日で男に戻るクスリしか作れない……なんて風には、思えないんだけど。貴方たちがわたしたちからお金を吸い上げ続けるために、わざと時間制限の厳しいクスリしか出してこないんじゃない?」
多分、この予想は当たっている。まあ、問い詰めたところで答えが返ってくるとも限らないけど、いい加減、言っておかないと気がすまない。
売人はしばらく無言だったが、やがて、郵便受けから何枚かのカードが差し出された。
マリナに渡されたものと同じ意匠のカード。
その表面には、「FUMI」とのみ印字されていた。
「これは……?」
「この場所や、アナタたちの遊び場に招待したい男に渡ス――それはわかりますネ」
勿論。自分だってそうやって渡されたものを使い続けていたのだから。
「このカードの役割は、招待された人間にとっては証明書。そして……アナタたちの成績の確認でス」
「成……績?」
「エエ、このクスリの常習者を二人、作ってみせなさイ。そうすれば、永遠にオンナのままでいられるクスリを差し上げましょウ」
「二人……? 二人、作ればいいの……?」
思わぬ話に、胸が高鳴るのを感じる。クスリの常習者を二人。女の快楽に嵌ってしまいそうな男を二人。
そうすれば、ずっと……。
「ハイ、お約束いたしまス。……頑張ってくださいね、フミさん」
★あとがき★
このお話は、どうせ妄想に決まっています。実際の人物・事件・団体などとは、一切関係あるはずがございません。
ごきげんよう、nekomeです。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
て、手間取った……!
さくっと書けるものをと考え始めたはずなのに、何故変身モノとなるとこう無駄にややこしい設定が出てくるのか!
(それは、「TS病」でさくっと始める代わりに物語で魅せる実力がないからでは)
最初に思いついた舞台を形にしようと思ったら、予想以上に考えないといけない部分が多くて参りました。結局、頭を捻りながら書いても細部を詰めきれなかったわけですが。
色々ぼかしてあるのはそのせいです。ツッコまれると鳴きます。いや泣きます。
あと誤算だったのが、中編でモブキャラが暴走したこと。
「絶対そういう趣味のやつが来るって!」とか思ってしまったばかりに。
もうちっと重いというか暗い雰囲気で進めようと思っていたのに、妙に明るくなってしまいました。
おかげで後編の雰囲気とギャップが……(汗)
あれでエロ楽しい展開を期待した方には申し訳ないです。
しかも終盤駆け足です。エリぐらいはもう一度出そうかと思っていたんですけどねえ。
そのケのない男をTSさせる、TS病以外の方法。また何か考えてみたいものです。
2009年06月21日
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中編と後編の雰囲気の差は、同じままだと読み疲れるからむしろ良いんじゃないかと。
エピローグなんかでマリナやエリがどうなったあたりがあると話がまとまるんじゃないかな。
ともあれ堕ちっぷりは最高です。
こうして堕ちていければいいのになあ・・・
お読みいただき、ありがとうございます!
ぬはー、フォロー感謝です。
マリナは多分、頑張って二人目を捕まえてるんじゃないかと。エリはそのまんまですねー。
わたしの頭ん中は、既にこのぐらい堕ちてます(爆)