「春日……?」
「うん、春日結衣がわたしの名前です」
「結衣ちゃんか。俺の名前は木原雅樹な」
表札を見上げて呟いた俺に、彼女は自分の名前を教えてくれた。そんなものはとっくに調査済みなのだが、初めて聞いたような顔をして名乗り返す。ただし、こちらは偽名だ。今日は俺の名前を特定できるようなものは持っていないから、自分で言わない限り、本名を知られる心配はない。
「あの、すいません。ちょっと鍵を……」
制服のポケットに手を伸ばす彼女を制して、自分でポケットの中を探る。
「ん、ああ、俺が出すよ。こっちのポケットだな?」
鍵を開けて家の中に入り、ドアを閉めると、二人して深く息を吐き出す。
「これでやっと、人目を気にしなくてすむな。あ、もう身体離していいぞ」
「そ、そうですね」
なんだか妙にどぎまぎした様子で、肩に回した腕を離す結衣。男の身体になって、現在の自分よりも華奢な本来の自分の身体――女の子の身体を支えていたことに、なんらかの戸惑いを感じていたのかもしれない。
あるいは、それ以上のものか。ふむ、今回も上手くいきそうだな。
「で、どこの部屋に行けばいいのかな?」
「あ、ちょ、ちょっと待っててください。片付けてきますんでっ」
そう言うと、慌ただしく階段を駆け上っていく。それからバタンバタンとドアを閉める音が響き、続いて暫くの間、せわしなく歩き回る足音と、何かを開け閉めするような音が聞こえてくる。
十分ほどして、彼女が戻ってきた。
「お待たせしましたっ。こっちに上がってきてください」
言われるままに二階に上がると、彼女の自室に案内される。ドアが閉められていたのは家族の部屋で、赤の他人に余計なところまで見せないようにという配慮だろう。その割りに、自室にあっさり他人を入れてしまうあたり、結構混乱しているのかもしれない。あるいは、他人とはいえ外見は自分なので、扱い方を計りかねているとか。
「その……あまりジロジロ見ないでくださいね? リビングにしようかとも思ったんですけど、それだと、誰か訪ねてきた時に困るかもしれないと思って」
「ああ、わかったわかった」
「それで、早速なんですけど、今度こそ頭をぶつけてみてくれませんか? こういう時って、やっぱりそれが一番のような気がするんですけど」
またその話か。まあ仕方ない。衝撃で入れ替わったようにしか思えないもんな。一回ぐらいは付き合っておくか。
「……そうだな。一応試してみるか。けど、加減してくれよ」
「わかってます。それじゃあ、行きますね」
間近で向い合うと、お互いの頭を両手で挟む。
「「せーのっ!……っづううううう〜〜っ!?」」
ぐあっ、ほ、星が飛んでる……! 思い切りやりやがったな、この女。
「いったたたたたたた……うう、戻ってない……」
「だ、だから頭は関係ないだろうって、さっき言って……痛つうぅ」
「じゃ、じゃあどうすれば……」
「せめて落ち着いて、じっくり考えようぜ。ほら、茶でも飲みながらさ」
「う、うん……わかった。それじゃあお茶淹れてきますんで、適当なとこに座って待っててください。あの、部屋の中の物は、触らないでくださいよ?」
「はいはい。そっちこそ、外から見られないようにな。身体は俺のなんだから」
おや、本当に台所に向かってしまったな。
丁度良い。折角一人きりになったのだから、この機会に、あらためてこの身体を観察しておくか。俺は姿身の前に立つと、鏡に映った結衣ちゃんの身体を、頭から爪先までじろじろと眺める。
俺が狙いをつけただけあって、結衣ちゃんはかなり可愛い容姿をしている。完璧な美人というわけではなく、どちらかというととっつき易い感じの顔立ちだ。俺の調査によると彼氏がいるのだが、それも納得だ。
セミロングの髪は軽く脱色しているが、派手に遊んでいる雰囲気ではない。最近の子としては普通の部類だろう。
そして、スタイルもなかなかのものだ。すらりと引き締まったふくらはぎに、適度に肉の付いた白い太腿。片腕で抱きしめられそうな細い腰の位置も高い。
「それに、結構胸が大きいんだよなっと。へへっ」
制服の上から掬い上げるように胸を掴んで、ぐにぐにと揉んでみる。 鏡には、嬉しそうに笑いながら自分の胸を揉みしだく女子高生の姿が映っていて、その異様さが興奮を誘う。
「春日結衣はぁ、自分でおっぱいを揉みながら、それを鏡で見て喜ぶ変態で〜すっ。あ、自分のパンツ見ても興奮しちゃいまぁす」
今度はスカートをぴらりと捲り上げて、パンツを見せつけるような姿勢をとる。結衣ちゃんが今日穿いているのは、薄緑色のシンプルなデザインのもの。本人のイメージにもぴったりだ。まあ、こんな格好は、本人ならあり得ないことだけどな。
「おっとそうだ、今のうちに……」
俺はブレザーのボタンだけを外すと、背中に手を回し、ブラウス越しにブラジャーのホックを外す。さらに、ブラウスのボタンをいくつか外すと、そこからブラジャーを抜き取った。
何度も女の身体を使っているから、こんなこともお手の物だ。
脱いだブラは適当に畳んでスカートのポケットに押し込み、急いで上着のボタンをはめ直す。
暫くの間、結衣ちゃんの身体で色んなポーズや表情を鏡に映して楽しんでいると、ゆっくりと階段を昇る音が聞こえてきた。
「お待たせしました――って、何やってるのよっ?!」
鏡に向かって笑顔でポーズを決めている俺を見て、一瞬凍結した後、結衣ちゃんが叫ぶ。言っておくが、別にいかがわしいポーズを取っていたわけではない。そちらは、足音が近づく前に済ませてあるからな。
「何って、結衣ちゃん可愛いからさ。この機会に間近でじっくり見ておこうかと思って」
「か、かわ……わ、わたしの顔と声で変なこと言わないでよっ。ナルシストみたいじゃない」
動揺しているのか、丁寧だった口調が崩れてきた。おそらくこちらが素なのだろう。
「だって本当のことじゃないか。笑顔になると特に可愛いんだよなあ。ほら、どうかな?」
結衣ちゃんに向かってにっこり微笑んでみせると、彼女は俺の顔で一瞬驚いたような表情を見せたあと、すぐに視線を逸らし、俺の横を素通りして部屋の奥へ向かう。
「ば、馬鹿なことやらないでよ」
部屋の中央あたりに置いてある背の低いテーブルに、お茶の入ったコップを置くと、傍のベッドに腰掛けた。
「あれ、もしかして照れちゃった? 自分の笑顔にドキッとしちゃったとか?」
言いながら、俺もお茶には手をつけずに、彼女のすぐ隣に座る。
「そ、そんなわけないでしょ。自分がもう一人いるみたいで落ち着かないだけだってば」
「本当にそれだけかなあ。実際のところ、客観的に見ても、自分がかなり美少女なんだって思ったんじゃない?」
「しつこいってば。美少女とか言わないでよ……」
「……でもさ、正直なところ、ちょっと妙な気分になってこないか」
すすっと身を寄せながら囁くと、彼女の――俺の身体がびくっと震えるのがわかった。
「ど、どういう、意味……?」
「いやさ、ここに来るまで、肩を貸してもらって歩いてる時にな。なんて言うか、自分の身体なのに、他人の身体みたいに思えたっていうか。触ってる身体が、妙に硬くって、触りなれてる自分の、男の身体なのに、その、異性のものみたいに感じたっていうか。似たような感覚、なかったか?」
「さ、さあ……? 何、変なこと言ってるの……?」
「本当に何も感じなかったかなあ? やたらと柔らかい、女の子の身体の感触とか、力を入れたら壊れそうな華奢な骨格とか、体から立ちのぼる甘い体臭とか、妙に新鮮に、他人のものみたいに感じなかった?」
さらに身体を寄せ、吐息を感じられるほどに顔を近づけて囁く。
「妙なのは、あ、貴方の方じゃない……? へ、変態なの?」
こちらを否定するようなことを言っている割に、表情には余裕がない。
「ふうん? そんなこと言っていいのかなあ」
ここでさらに畳みかける。こっそりとブレザーのボタンを外して服の前を開けると、ブラウス越しの胸のふくらみを、二の腕に押しつける。ブラも外しているから、この感触は“男には”凶悪だ。
明らかに、彼女が身体を強張らせたのがわかった。
――よし、脈ありだ。
これは俺の経験に過ぎないが、俺と身体を入れ替えられた女性は、その殆どが、意識を男性の感覚に引っ張られやすくなっていた。科学的なデータがあるわけではないから、これが普通なのか、俺の身体に特別そういった性質があるのかどうかはわからない。変化が急激であることを考えると、後者のような気もするが、まあ細かいことはどうでもいい。
魂やら精神やらと肉体の繋がりなんて、俺自身ですらよくわかっていないのだから、当然、彼女たちは自分の感覚の変化が何に起因するのかなど確信できまい。
だからこそ戸惑うし――俺は、彼女たちが戸惑っているうちにつけ込むことにしている。
たとえ変化が少なくても、彼女たちが倒錯感を覚えられるよう、シチュエーションを誘導するまでだ。
「な、何をしてっ」
「ん〜? 女の子同士じゃ、抱きつき合うのなんて日常茶飯事だろ? それとも、結衣ちゃんにとっては特別なのかな? もしかして女の子が好きだとか? 人のこと変態呼ばわりしておいて」
自分の経験上の知識は伏せたまま、言葉で彼女を苛める。
さらに、片手を彼女の――俺の背中に回して、さわさわと撫で回す。もう片方の手も、そろりそろりと胸板へ向かう。男の性感帯が限られているなんていうのは大嘘だ。そんなものはやり方次第。俺ならば、すぐに快感を覚え込ませて――
「ふ、ふざけるのはいい加減にしてよっ! な、何なの一体っ!」
ガッと肩を掴まれ、引き剥がされてしまった。
おっと、一気に攻め落とすのは流石に無理だったか。
「いやごめんごめん。からかったのは謝るよ。……けどさ、ひとつ思い出したんだ」
(つづく)
また区切ってしまった……。
2009年02月09日
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主人公の話術に結衣ちゃんは少しぐらついている様子ですが…。
さてこの後はお楽しみタイムですねw
いよっ、この悪党!
確信犯的な入れ替わりは珍しいと思いつつ、
興奮してますw
これからエロタイムが始まる予感!><b
続編が楽しみですw
結衣ちゃんの方は下手に嘘をつくことができませんが、主人公の方はなんとでもなりますもんね〜。
簡単に避けられるリスクなら、回避するべしっす!
さて、やろうと思えばとことん悪党になれる主人公。入れ替わり相手の対応が運命をわけるでしょうね〜。
>kさん
随意な入れ替わりの方が、エロに持ち込みやすいかな〜と思ったんですよね。
ならば、エロに持ち込むために入れ替わりを使う主人公にしてしまおうと(^^
さ〜て、さっさと本番書かないと。ざ、残業があ。