「そういえば、どうして、俺があの娘に乗り移ってるってわかったんだ?」
「ぼんやりとだけどな、生きてる人間とは違う……幽霊の気配みたいなもんを感じたんだよ。あとは、あの妹の記憶から来る違和感だな」
都市の上空を浮遊しながら言葉を交わす、不可視の存在が二体。
彼らは、先ほど本人が言ったとおりの、いわゆる幽霊である。
質問を発した方の生前の名前は、清人。応えた方は祐介という。
「気配ねえ……。俺はなんも感じなかったよ。そもそもお仲間に会うこと自体が初めてだったしな」
「俺だってそう何度も会ったことがあるわけじゃないけどな。意外といないもんだぜ? 幽霊」
「やっぱそうなのか。生きてる間は、幽霊なんてあちこちにいそうな気がしたけどなあ。あれか、ほとんどすぐに成仏しちまうのか? 未練が濃くないと残れない、とか?」
「どうかな。俺は正直なところ、そこまで大した未練を抱いてたつもりはないよ。未練の大小で、この世に留まれるかどうかが決まるっていうんなら、もっと残ってるやつがいるんじゃないか? 特に病院周辺なんかにはさ。けれど、ほとんど見かけない。となると……これも、一種の才能なのかもな」
肉体を持たない、つまり発声器官を持たない彼らが、どのように意思疎通を行なっているのか、そんなことはわからないし、彼ら自身も深く考えてはいない。
理屈がわからなくとも、実際に会話が可能なのだから、悩む前にまず話す。
そして、やはり理屈がわからなくとも、生きた他人に憑依して、その肉体を操れるのだから、悩む前にまず愉しむのだ。
「浮遊霊になって、人に乗り移る才能か? 妙な才能があったもんだ。しかもかなり珍しいときた。寂しいぐらいにな」
「まあいいじゃないか。俺たちみたいなのが何人もいたら、社会は大混乱だ。犯罪だって自由自在だしな。そこまで壊れてたら、引っ掻き回す楽しみもない」
「だな。生きてる連中が、常識やら平穏やらを信じているからこそ、それを僅かに歪めた時が面白いってもんだぜ」
「ああ、当事者たちが抱え込んじまう程度、大きな騒ぎにならない程度で愉しむのが丁度良い。……けど、そろそろ一人でこそこそやるのは物足りなくなってきた。だろう?」
「……その通り! いいタイミングで祐介に会えたもんだぜ。で? オススメの物件ってのはなんなんだ?」
「まあ今日は肩慣らしみたいなもんだ。コンビ結成最初のな。まずは、お前の趣味に応えてみた。……ほら、見えてきたぜ」
祐介に促され、地上に意識を移す清人。
彼らの眼下にあったのは大学だ。ただし、メインストリートには模擬店が建ち並び、部外者を含む、大勢の人間が集まって賑わっている。
「俺が昔通ってたとこでな。毎年、この時期が学園祭なのさ。そして……」
祐介の指差す方向へと移動する。メインストリートの脇に並んだ木々の向こう。そこには芝生の植えられた広場があり、中央付近にはブロックの敷き詰められた平坦なスペースがある。
現在、そのスペースでは、極めて短いプリーツスカートを用いた揃えの衣装を身に着け、両手にボンボンを持った女の子たちが演舞を披露していた。
「「「GO! PURPLES!」」」
「あれが、この大学のチアリーディング部さ。好きなんだろ? こういったユニフォームは」
「おお、気が利くじゃねえか! そうなんだよ、あの可愛くて色っぽい衣装、たまんねえよなあ! うちの大学にはチア部なかったから、間近で見る機会がなかったんだよなあ」
「そりゃなによりだ。演舞中に憑依しても大変だし、折角だから、しばらくは観賞といこうぜ」
「ああそうだな。ついでに、どの娘がいいかチェックしとくさ」
邪魔な観客を飛び越え、二人は最前列のさらに前でチアリーダーたちを眺める。
音楽に合わせて威勢のいい掛け声を出しながら踊るチア・リーダーたち。
彼女たちが両脚を大きく広げながらジャンプをすると、紫のアンダースコートが露わになり、観客の中から「おおっ」という声が上がる。
掛け声や腕の動きを見せつつ隊列を変えると、ボンボンを投げ捨てた数人ずつが台座となり、素早く2段の塔が複数作られる。と思うと、その間から一瞬にしてもう一人がリフトアップされ、3段のピラミッドが完成する。男子学生の組み体操とはまったく違う、流れるような華麗な動きに、ため息を漏らす観客もいる。
腕を上げてポーズをとるチアリーダーたちに拍手が贈られ、直後、ピラミッドの最上段にいた娘が体を後ろに倒して、地面へと落下する。落下地点には既に他のメンバーが待機しており、まるでクッションのように、危なげなく受け止める。組みあがる時同様にスムーズに、かつ大胆にピラミッドが解体される様子に、あちこちから驚きの声があがる。
その後も、彼女たちは組んだ腕を足場にして高く跳び上がり、空中で回転してみせるなど、華麗な技によって観客を沸かせ続けた。
「……よし、終わったみたいだな」
「ひゅ〜〜、凄えな。すっかり魅了されちまったぜ」
「まあ、俺も何度観ても飽きないからな。で、決まったのか?」
「ああ、早速行くとしようぜ」
頷きあった清人と祐介は、笑顔を振り撒きながら広場を後にするチアリーダーたちの後について浮遊する。
ある程度観客たちから距離を取ったところで、清人は一人の少女の肉体に、背後からその霊体を埋めた。
「ふあっ?! かっ……くっ……うっ、ううっ……!」
突然、自らの腕を掻き抱くようにしてその場に座り込んだショートカットの少女に、チア部の仲間たちが驚いた視線を向ける。
「ちょっと、どうしたの? 大丈夫?」
「あ……その……お、お腹が急に……」
苦痛に顔を歪める少女に、部員の一人が駆け寄って肩を抱く。
「保健室行こっ! わたしがついていってあげるから。ね、立てる?」
「えと……あの、それは……」
若干困惑の表情をみせるショートカットの少女に、駆け寄ってきた少女――髪をポニーテールにしている――が顔を寄せ、他の人間には見られないようにしながら、唇の端を吊り上げる。
それを見たショートカットの少女は安堵の表情を浮かべた後、苦しそうに言葉を搾り出した。
「それじゃ……お願いする……ね」
「部長、ユリには、わたしが保健室まで付き添いますんで」
他の部員のうち一人に向き直って、きっぱりと宣言するポニーテールの少女。
「そ、そう。じゃあ相原さんを頼むわね、石川さん」
悩む間もなく進む事態に若干押されながらも、部長らしき人物が受け答えをする。
部長に率いられた他の部員たちがメインストリートの方へ向かい、視界から消えると、それまでうずくまっていたショートカットの少女――相原由梨がすっと立ち上がる。さっきまで腹痛を訴えていたとは思えないにやけ顔だ。
「ふぅ〜、これで良しと。ナイスアシスト、祐介」
笑顔を向けられたポニーテールの少女――石川早紀が呆れ顔で応える。
「ナイスって……お前、俺がいるからって乱暴なやり方で憑依しやがって。それに、“わたし”のことはちゃんと早紀って呼んでよねっ」
「わかってるよ、早紀。あ、わたしの名前は相原由梨……って、知ってるよね。それじゃあ、お楽しみといきますか!」
聞く者がいれば首を傾げたであろう奇妙な会話を繰り広げながら、二人のチアリーダーは、笑顔で互いの手を打ち鳴らした。
(つづく)
2008年11月23日
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やっぱり憑依はこうでなくては。今から妄想が膨らんでくるw
楽しみにしてます。頑張って下さい
しかも、二人して乗り移るんですね。
これは次回がとても楽しみですよ。
大変お待たせいたしましたっ!(^^;
しかも続いちゃってるし。
やりかけのものがあると、なかなかブログ用のSSにまで集中できませんで……。
チアの話は次回までですが、「二人の悪霊」のネタはまだもう一つ残ってますんで、どうぞお付き合いくださいませ〜。
勿論、憑依ネタもそれ以外もまだまだ尽きませんよっ。
>Tiraさん
チアリーダーを使ったネタは早く書きたかったんですよね。うかうかしてると書かれちゃいそうですし(笑)
楽しんでいただけるように頑張りたいと思います。
チアガールに憑依するなんてお目が高い!
肌露出多くていいですよね・・・^q^
それが男二人に憑依されちゃうなんて><
次回楽しみです♪
いつか書きたいと思っていたチア娘です。
そして、いつか憑依したいと思っているチア娘です(笑)
色気と格好良さが同居したあの衣装を、使ってみない手はない!
続きは……早いところ上げたいですね(汗)
とても楽しみな展開です(^^)
わくわくしてくださったのなら幸いです。
果たして期待に応えられたでしょうか(^^;