和明の提案で、僕らはハンバーガーショップで昼食を摂ることにした。実を言うと、朝の時点ではまだ猛烈な食欲があって、かなりの量を食べてしまったんだけど、今はもう落ち着いている。外食のコストに悩む必要もないというわけなんだ。
人並みの量を注文して、あらかた食べ終わった頃、ようやく和明が話し出した。
「正直に言うと、俺も、そんなに詳しいことまでは調べられなかったんだよ。言い訳みたいだけど、ほとんどお前の傍にくっついてたしな……」
「今は責めないでおくけど……。それで? 何かわかったことはあるの?」
「ネットを軽く漁ってみつけた程度の情報だけどな。あの薬……あれは惚れ薬というより、催淫薬みたいなもんだって話をいくつか目にした」
「サイインヤク?」
「ああ。どんなに身持ちの固い女でも、高飛車な女でもオとせるってのは本当。たとえもの凄く嫌われていたとしても、セックスまで持ち込めるってのも本当。……惚れさせたんじゃなくて、淫乱化させちまったってことだったんだけどな。それが誰だろうと、効き目が表れた時、目の前にいる男に襲いかかっちまうんだと」
淫乱化……目の前の男に……。や、やっぱり僕も、あの薬のせいで。
「けど、それって女の人の話だよね? 男にも効果があるのか――っていうより、体が、その、変わっちゃうなんて、どういうことなのさ?」
「あー、それなんだけどな……」
「そこから先は、わたしが話してあげるわ」
――え?
突然割り込んできた声の主を探して視線を上げると、テーブルの横に立っていたのは――し、篠宮さん!?
「おう、貴子。ナイスタイミング!」
「ナイスタイミングじゃないわよ、もう。こんなところまで呼びつけて」
「悪い悪い。けどさ、調べ物はお前の方が得意だろ? 俺はちょっと手が離せなかったし、二人で一緒に教えてもらえば早いかな〜、ってな」
「ったく、わたしはアンタ専属の情報屋じゃないってのに。……高くつくわよ」
「はいはい、わかってるって」
何時の間に連絡をとっていたんだろう。まさか、篠宮さんからアレの説明を聞くことになるなんて思ってなかった。もう、そういう予定だったんなら、最初から言ってくれれば良いのにさ。
それにしても、相変わらずこの二人の距離感は近いんだなあ。篠宮さんは言うほど怒ってないように見えるし、和明の方にも、まったく遠慮というものが感じられない。
それ以上に気になったのは、親にも相談できないと思った今回の異常事態を、和明があっさり篠宮さんに打ち明けていたということだ。それだけ信用してるってことなのかなあ。
……なんだろう、なんか、胸に引っ掛かる気がする。
「はぁ、どうだか。で、貴方がその……河原……潤くんだったっけ? わ、ホントに可愛くなっちゃって」
考えごとをしていたら篠宮さんと目が合い、ちょっと焦ってしまう。うわ、こんな至近距離で見つめられるのなんて初めてだ。……けど……あれ?
「ちょっといいかな……。うわあ、肌ぷるぷるじゃないの。メイクなんていらないわね。本物の女の子よりキレイな肌……」
頬を篠宮さんの手に挟まれ、まじまじと見つめられる。今までだったら考えられないほど間近に、篠宮さんの顔が、瞳がある。それどころか、頬に触れた手から、篠宮さんの体温が伝わってくる。
なのに……どうしてだろう? 少し恥ずかしいとは思うんだけど、ちっともドキドキしない。憧れてる女の子と触れ合ってるっていうのに。
「なあおい。潤いじってないでさ、本題に入れってば」
「うるさいわねえ。わかってるわよ。河原くんも気になってるでしょうしね」
そう言うと、僕から手を離した篠宮さんは、僕の斜め向かい、和明の隣に腰を下ろした。
バッグから資料らしき紙束を取り出した篠宮さんは、「食事が終わった後で良かったかもね」と前置きをしてから説明を始めた。
「落ち着いて聞きなさいよ。ちょっと衝撃的な答えを言っちゃうけど、あれは惚れ薬どころか、薬ですらないわ。……本当は、寄生虫の卵よ」
「――!? きっ、寄生ちゅ」
「バカ声抑えろって! 店ん中だぞっ」
そ、そんなこと言われたって!
だって僕、アレ飲んだんだよ!?
「……続けていいかしら? その寄生虫の主食はね……男性の精液。基本的に、女の性器周辺に棲み付くそうよ。精液を受け入れるように、宿主の身体を刺激するから、寄生された人は淫乱になっちゃうってわけ」
「だから「どんな女でもオとせる」ってわけか……。キッツい原因だなあ。そんな蟲がいるとはね」
聞いたことぐらいならある。宿主を操る寄生虫がいて、人間の性格を激変させることもあるって。けど、まさか自分が、そんなちっぽけなものに操られておかしくなっちゃうなんて……。
「そして、ここからが君にとっての本題ね」
ちらりと僕に視線を寄越しながら、篠宮さんが続ける。
「男性に寄生した場合なんだけど……情報が少ないから推測も混じるけどね、まず孵化のタイミングで、卵殻内から漏れ出す物質のせいか、失神。女の子だったら発情しちゃうらしいんだけどね。そして、気を失ってる間に、体内にある精液は喰らい尽くされるわ。……器官ごとね。ここで数を増やした蟲は、どういう仕組みか知らないけど、宿主の肉体に訴えかけるのよ。「精液を受け入れられる身体に変化しろ」ってね」
要約をするなら、「すべては未知の寄生虫のせい」。
あまりといえばあまりな情報に、和明はしばし呆然とした後、篠宮さんに色々とツッコミをいれている。
篠宮さんは篠宮さんで、わたしの知ったことじゃない、そうとしか解釈できない、何よコレ本当に地球の生物?と半ばキレ気味に文句をぶつけている。
――僕は?
僕は……うん、一応驚きはしたと思う。そんな、漫画や小説じゃないんだから、って思うもの。
けれど、わかっちゃったから。
理屈じゃなくて、本能で。
――なんで、好きだった娘が近くにいるのに、ちっとも嬉しくないのか。
――なんで、和明と篠宮さんが親しげにしていると、良い気がしなのか。
――なんで、急にカラダが熱くなってきたのか。
ガタンっ、と音を立てて立ち上がった僕を見て、篠宮さんが眉を寄せる。
「気分悪くなったかしら? けどね、まだ聞かせたいことが――」
「ううん、今日はもういいから、ありがと。あとゴメン、ちょっと和明と二人で話したいことがあるから。また今度ね」
「…………わかったわ。わたしは急がないから、貴方の急ぎの用が終わった後、お話しましょう。じゃあね」
「わっ、こ、こら引っ張るなってば潤! なんなんだいきなり。悪いな、貴子、今回の礼はまた――痛っ、痛いっておい、自分で歩くからっ」
篠宮さんを放って、和明だけを連れて店を出る。この時既に、僕の理性は再び消失していた。
もっとも、そのことを自覚するのは、だいぶ時間が経ってからになるんだけど。
和明の腕を掴んでずんずんと歩き続け、辿り着いたのは人気のない路地裏。ビルの外階段の下だから、表の通りからは死角になっている場所。
「はぁ、ふぅ……どうしたんだよ急に。まあ、ショッキングな話だとは思うけど、あれじゃあ貴子にも悪――」
「二人きりになったのに、他の女の子の話はしないでよ」
「――お前」
目を見開く和明。ふふっ、ねえ気付いた? 僕がとっくの昔に、スイッチ入っちゃってるってことに。
「さっき……聞いたでしょ? んふぅ……また僕……我慢できなくなっちゃってるの。ねえ、欲しいんだよ、凄く。これ以上、言わなくてもわかるでしょお」
身体をくねらせ、買ったばかりのズボンをするりと脱ぎ捨てる。新品のパンツも、既にぐっしょりと濡れていた。
「お、おいバカ! こんなところでっ。だ、誰かに見られたら」
「興奮しちゃうよね? ほらぁ、早くちょうだい、和明のせーえき。早くしてくれないと……他の男の子捕まえちゃうよ?」
パンツをずり下ろし、アソコに指をあてがって、ぱかりと開いてみせる。溢れた透明な液が、内腿を伝っていくのを感じた。
見てる? ふふ、ちゃんと見てるよね。わかってるんだよ、そっちも我慢できなくなってるってことぐらい。さっさと素直になればいいのに。
「……後悔するなよ」
ぼそりと呟きながら、僕の腰に手を回した和明に、ぐいっと抱き寄せられた――
結局、この日も正気に戻った後で思いっきり後悔したんだけど、すぐに、和明に文句を言ってもいられなくなった。
翌日以降も、僕は一日も欠かさずに発情していたからだ。一日に一回じゃあ済まないことも多かった。
独りで部屋に閉じこもって、衝動を堪えようとしたこともあるけど、すぐに根を上げてしまった。とても耐えられたものじゃない。あの、頭の中で渦を巻く情動。
男のモノが欲しい。咥えたい。貫かれたい。掻き回されたい。注ぎ込まれたい。食べたい、タベタイ――
いつだって、和明を求めずにはいられなかった。
あんな別れ方をした篠宮さんだけど、その日のうちに、ポストに手紙を入れてくれていた。
書かれていた内容は、まず「貴方の状態はわかっているから、怒ってはいない」という断り書き。そして「むしろあのバカの被害者である貴方に同情する。訴えを起こしたければ、いつでも相談にいらっしゃい」という、冗談なのか本気なのか迷わされる言葉だった。
それから、調べた限りの情報や、生活のうえで注意すべきだと思われることなどの様々なアドバイスが列記されていた(もちろん、早期に病院で診断を受けるべし、と書かれていた)。
特に目を引いたのは、このあいだ店で説明しかけたという話だ。
なんでも「この蟲に憑かれた女性は、淫乱になるだけでなく、妖しい魅力を放つようになる」というのだ。肌や髪、スタイルなどの見てわかる変化の他、「男を惹きつけ、理性を麻痺させる体臭のようなものを放っているのではないか」ということだった。
自覚は……ある。和明と一緒に街を歩いてみた時の、周りの反応だ。
篠宮さんは「ふらふらと夜の繁華街に出掛けて、気がついたら乱交の後だった、なんてことがないようにね。変な男に付き纏われる可能性もあるからね」と警告していた。
何度も和明とセックスをしてしまっている僕だけど、男なら誰でもいい、なんて風には思えない。
いや、理性のある時の僕は、思わない。
問題は、発情真っ最中の僕に、そんな判断力はないということだ。とても、自分の身体を大切にできる自信なんてない……。
結果として、僕はほとんど家の中に篭り、和明ひとりとのセックスに溺れるようになっていった。病院に行った方が良いんだろうとは思ったけど、どう扱われるのかという不安から、なかなか踏み切れなかった。それに、いつからか、衝動を鎮めるためだけでなしに、和明の腕に抱かれるのが、心地良くなってしまったんだ。
けれど、一週間ほど経った日、事態は大きく動いた。
件の寄生虫による性別変化が、ニュースになってしまったのだ。どうやら、卵を服用後、最初に倒れた時点で、病院に担ぎ込まれた男性がいたらしい。
この衝撃的な報道を切っ掛けに、一気に調査は進み、無視できない数の卵が「惚れ薬」として流通していること、症例が有名になった男性患者以上に、多くの女性患者がいることが明らかになった。そして、この蟲を除去する治療が受けられるということも。
――元に戻れる。
ほっとすると同時に、戸惑いも覚えていた。なにしろ、この頃の僕は、もう爛れた生活に溺れかけていたのだ。今更リセットされますよと言われても、はいそうですかと素直に頷けるものじゃない。
すっかり変化しちゃった和明との関係だって、なかったことにはできないっていうのに……。また、変わっちゃうのかなあ。……変われるのかなあ。
もやもやした気持ちに包まれながらも、治療を選択したのは、やはり、あの「淫乱化」を抱えて日常生活を送ることはできないと思ったからだ。両親が帰ってくる前に、すべてを片付けた方がいいだろうし、ね。
「男に……戻れない?」
一大決心をした(つもりで)病院に足を運んだ僕を迎えたのは、予想外の医師の言葉だった。
曰く「肉体の変化は、すでに完了し、安定している」「蟲が行なうのは性別を一度変化させることまでであって、変化の維持ではない」「蟲による現在の作用は、極端な性欲過多のみ」。
つまり、蟲を取り除いても、身体は女性のまま。ただ、淫乱化と妙なフェロモンからは解放される、ということだ。
……はは、あははっ。
治療が終わり、病室から出てきた僕を、戸惑った表情の和明が迎える。
そりゃあそうだよね。治療を受けるって決めるまでは、随分ぐずっちゃったもん。一見どこも変わらないままあっさり戻ってきたら、どうしたのかと思うよね。
さあ、伝えようか。今の僕の状態を。
そして、決して蟲のせいなんかじゃない、今の僕の気持ちを――
★あとがき★
このお話は、どうせ妄想(ファンタジー)に決まっています。実際の人物・生物・薬物には、関係あるはずがございません。
前編掲載から三ヶ月後とか、どんだけーっ! すいませんすいませんっ。
変身モノだからてこずった、というわけではなく、「今までエロシチュの積み重ねしか書いてこなかった人間が、急に書くことが増えててこずった」というのが正解だったりします。あとは、とにかく執筆タイミングが悪かった……。おかげでお待たせしすぎです。
そして終盤は説明だらけです。心理描写とか入れる余力がありませんでした……ぐふう。エロも前編集中です。そういうのが読みたかった人はお許しを〜。
今回使いたかったのは「寄生虫による女体化&淫乱化」という設定。ツッコミどころ過多ですが気にしちゃいけません。きっと地球の外からやってきたんです。別次元でも構いません(爆)
ヒントになったのは、春輝さんの『寄生獣医・鈴音』(竹書房)。女性に取り憑いてド淫乱にしてしまう寄生虫が登場します。これのメタセルカリアをサプリメントと偽ってばら撒いてる連中がいまして、この手はいいなあと思ったわけです。そのまんまではなんなので、ちょっと変えまして。
作中では「メタセルカリアってのはタマゴのことね」と書かれていましたが、調べてみると、もうちょっと進んだ状態のような……
けれど、折角の「メタ○ル」という音を使いたかったので、あえてタイトルはそのままに(^^;
『寄生獣医・鈴音』は成年指定こそされていませんが、出版社からもわかるように、エロ度はかなり高く、満足できる内容かと。今回のSSでエロ分に不満の残った方は、購入されてみては如何かとー<ヲイ
2008年09月12日
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完結お疲れ様でした。
寄生虫だったのですね。
精液を集める為に女性化+性格が淫乱になるっていうのはやっぱりいいですね。
MC属性を持つ私はよく夢を見たものです。
この卵欲しいなぁ。
いい題材の話をご馳走さまでした。
また是非とも氏の話を。
では。
そして、お待たせいたしました……(汗)
これも一種の淫魔化ですかねー。
「SKY STORY PAGE」などに掲載されている寄生操りものが大好きなもので、TSと組み合わせてみました(^^
男の子をエロエロな女の子に変えちゃうのは良いですよね。
聞いた話によると、遺伝子操作型の寄生虫は実際に研究中なんだとか……。
ようし、目指せバイオハザード(爆)
ご無沙汰しております。
遅ればせながら、めたもるせるかりあ(前編・中編・後編)一気に読ませていただきました。
ごくまれに、良い小説を読んだ後に、しばらく頭の中に、文章描写が響き続ける事があるのですが、nekomeさんの作品を読んで、それを感じる事ができました。
爽快なストーリー展開と、良い意味で人間臭い登場キャラ、そしてほろ甘くてどこか切ない後読感。本当に楽しませていただきました。
私ごとですが、しばらく排出する事にしか注力できなかったのですが、良い作品を沢山読んで、吸収する事の有意義さをあらためて教えられました。
……っと、なんだか偉そうな言葉をつづってすみません汗
とにかく本当に楽しませていただきました!
P.S 40万Hit おめでとうございます!いつの間にかの大発展ですね☆今後とも応援しておりますw
お読みいただき、ありがとうございます!
いやー、もー、このお話は完成するまでにえらく時間かかっちゃいまして、リアルタイムで読んでた方には本当に申し訳ないことをしましたよ。
けど、そこまで言っていただけるとは。
頑張って書き上げたかいがありましたよ(^^)
最近はわたしもなかなかネットの人の作品を、腰を落ち着けて読むことが出来ていませんで。
本当は、皮えるさんのとこを始め、色んなところにコメントして回りたいのですがっ!
お祝いのお言葉もありがとうございます。
プレッシャーもある立場ですけど、何とか楽しくやってます。今後ともよろしくお願いします。