2008年09月05日

めたもるせるかりあ(中編)

前編はコチラ

「…………」
「…………」
「…………」
「……女は食欲で性欲を誤魔化せるって聞いたんだけどなあ」
「はあっ?! なんだよそれっ!? じゃ、じゃあ何? さっきの大量のご飯ってそういうこと? やっぱり心配してるわけじゃなかったんだっ!」



 あれから5分ほど後――僕は、すっかり正気に戻っていた。
 信じられないし、信じたくもないけど、はっきりと憶えている。さっきまで僕は、和明と……ううっ、せ、セックスをしていたんだ。その間の自分の乱れ様も、どんなことを考えていたのか、何を望んでいたかも、忌々しいことに克明に憶えている。
 あんまりだよお。せめて、夢だと思い込みたいのに。
 なんであんなことをしてしまったのか。いくら体が女の子になっているとはいえ、つい数日前、ううん、自分の認識ではつい1時間ほど前まで男だったんだ。男として生きてきたんだ。それなのに、男に欲情するなんて、あり得ない。
 それじゃあ何故――決まってる、あの妙な薬のせいだ。
  和明は知ってたんだ。あの薬を飲んだ人間がああなるってことを。だから、僕に襲われないように、あんなに慌てて……
「いやいやちょっと待てっ! お前のことを、その、し、心配してたのは本当なんだぞ? ほら、男とセックスしちまうなんて嫌だろうと思ってな」
「嘘だっ。自分が嫌だっただけでしょっ。元男に迫られることが」
「……あー、それがな、俺の方はあんまり抵抗なかったっていうか……いや、そりゃあ覚悟は決まってなかったけど」
 視線を泳がせ、鼻の頭を掻きながらそんなことを言う。
 ……は? なんなんだ、この、まるで照れてるみたいな態度は?
「というか……本気で嫌だったら、そもそも反応しないというか……ああいやいや、これは忘れろ!」
 反応って――もしかして、アレの――た、確かにギンギンだったけど。って、何を思い出してるんだ僕は!?
 脳内に再生されてしまった映像と感触を振り払おうと、頭をブンブンと振るい、和明を睨みつける。
「へ、へへ変なこと言うなよっ!? 今は女の体みたいったって、男だったんだよ? 本当は気持ち悪かったんだろっ」
「気持ち悪くなんてないって! むしろ落ち着かないっていうか――ああもう、おまえは自覚がないからっ。起きてから、まだ鏡も見てないんだろ? 洗面所行ってみろって! ついでにシャワーも浴びてこればいいさ」

 半ば無理矢理に背中を押され、部屋の外に追い出されてしまう。まったく、何ヘンなこと言ってんだか、アイツは。
 とはいえ、あんな行為の後だ。汗やら何やら、まとめて洗い流してすっきりしたい。
 仕方ないな、もう。
 僕は溜息を吐きつつ、階下の洗面所へ向かった。

「…………嘘」
 結論。和明の言い分はもっともだった。
 面影は残ってる。家族、あるいは親戚だと言えば信じてもらえるだろう。そのレベルの変化なんだけど。
「こんなに……可愛くなってるなんて」
 って、うわっ。自分で自分のこと可愛いなんて言っちゃったよ。け、けど別に男である自分を可愛いって思ったわけじゃないもんね。あくまで、一時的に女の子に変身してるだけの――一時的、だと思いたい――自分を、ううん、初めて見た女の子を可愛いと思っただけだもん。これはナルシズムじゃないはず。
 けど……可愛いのは、本当なんだよね。
 目元なんかは、そんなに変わんないと思うんだけど。全体的に丸みを帯びて、肌が綺麗になって、髪が少し伸びて。そういった所々の変化が、恐ろしく上手いこと作用したみたいな感じ。似ても似つかない別人になった、というわけでもないのに、絶妙に愛らしい。
「こ、これは、我ながら反則かも……」
 しかも、服の下は誰もが疑いようもないほどに、完全無欠にオンナノコなのだ。
 きめの細やかな、白い肌。なだらかな肩。小ぶりながらも、形良く膨らんだ胸。細くくびれたウエスト。無駄毛ひとつ見当たらない太腿。そして――淡い蔭りがあるだけの、すっきりした股間。
 大人っぽい、露骨な色気こそ感じないものの、容貌と相まって、妖精じみた魅力を放っている。
 こんな子に迫られたら、僕だって我慢できないだろう。ううっ、なんか癪に障る自画自賛だなあ。
「と、とっととシャワー浴びてすっきりしようっ」

 多少塞いでる時でも、入浴すれば、心にのしかかった余計なものを洗い流したみたいに、気持ちが軽くなる。
 だから、この時もそんなことを期待していたんだけど……僕が浅はかだった。身体を洗うっていうことは、このオンナノコの身体と、否応なく徹底的に触れ合うってことなんだ。
「ひゃうっ?! な、なに……? この感じ」
 ちょっとお湯を浴びてみただけで、違和感に戸惑う。
 なんというか……お湯が直接肌に触れた、という感覚なのだ。それに比べると、今までは全身湯船に浸かっていても、肌とお湯の間になにか邪魔物があったような気がしてくる。これは肌が敏感になっているのか、それとも体毛の薄さに起因しているのかな。
 ちょっと驚いたけれど、そんなに悪い感触じゃない。女の子が長風呂をするっていうのも、なんとなくわかるような気がする。
「それに……女の子って、柔らかいのは胸やお尻だけじゃないんだ」
 肩とか腕とか、なんでもないところまで、特別たっぷり脂肪がついているようにも見えないのに、ふにゃりと柔らかい。どこを洗っていても、その感触にどきどきしてしまう。
 その上、特に敏感なところまで洗うとなると……。
 うん、ヘンな気持ちになるのを抑えるのが大変だった。それも、この「女の子」をどうにかしたいって気持ちじゃなくって、さっきみたいに……ううんっ! 考えちゃダメだっ!

 風呂場から出た僕の頭は、入る前以上にぐらぐらと茹っていた。顔なんて真っ赤になってたんじゃないかと思う。
 もう寝よう。さっさと部屋に篭って寝よう。
「うわっ、お前なんてカッコで上がってくるんだよっ!?」
 どんな格好かっていうと、バスタオルを巻いただけだ。流石にマズイかと思ったので、上半身まで隠してるけどさ。
「五月蝿いなっ。和明が無理矢理追い出すから着替えも用意できなかったんじゃないかっ! ほら出てって! 今度は和明が出てって! 着替えるからっ」
「ちょ、ちょっと待てっ。いや、俺が悪かった。悪かったけどちょっと待てって。着替え、そう着替えが必要だろ?」
「……それが?」
「睨むなって。ほら、今持ってる服だと身体に合わないだろ? ずっと部屋に篭ってるわけにもいかんだろうし……。特に下着なんかは、男物で誤魔化すには限界があると思うんだが……」
 う、それはそう、かも。女物の服を着るのには抵抗があるけど、サイズの合ってない服を無理に着て過ごすのは辛そうだ。別にスカートを穿かなきゃいけないわけでもないんだし、あまり女の子女の子してない、地味な服くらいなら我慢できるんじゃないかな。
「な? だからさ、明日一緒に買いに行こうぜ。金は俺が出すから。まあ、その……俺のせいでもあるんだしな。できる範囲で責任を取るってことで」
「和明が、買ってくれるの?」
「お、おう。けど、あんまり高いのはナシだぜ?」
 ふうん……当面必要なものを揃えてくれるってのは悪くない、かな? 出費は抑えたいところだし、責任を取るっていうんなら、甘えさせてもらうのも良いよね。
「わかった。けど、今日は帰って。もう、一人で寝たいし……。身体は落ち着いてると思う、から」
「ん、了解。じゃ、明日の朝また来るわ。食い物も持ってくるからさ」
「うん、じゃあ、待ってる」
 ……ふう、やっと一人になれた。とてもじゃないけど、今は顔を合わせていられないもの。近くにいたら、またおかしくなっちゃうかもしれないし。
 あ、そういえば。なんで僕がこうなったのか、和明はわかってたのかな。つい、訊ねる前に閉め出しちゃったけど……。
 まあいいか、明日で。あんなに寝てたのに、色々あって疲れたのか、眠くなってきちゃった。明日になって……元に戻ってたりすれば……楽なんだけど、な。

 残念なことに、「朝起きたら男に戻ってた!」なんて都合の良い展開にはならず、朝食を済ませた僕らは、服を買うために近くの量販店へと足を向けた。
 せめてもの救いは、僕が選ぶ服に対して、和明が何一つ口を挟まなかったことだ。もしかして着せ替え人形みたいに遊ばれるんじゃあ、という想像も少しはしていたんだけど、負い目のある身じゃあそれは無理なのかも。
 こういう店では店員が積極的に話し掛けてくることもないので、僕は遠慮なく、ユニセックスなデザインの、あまり肌を見せない服ばかりを選んだ。
 買った服に着替えてから店を出たので、ブカブカの服で来た時と違って、あまり目立たなくなったはず……と思ったんだけど。
「ねえ、なんか……じろじろ見られてない?」
 おっかしいなあ。かなり地味な服を選んだつもりなんだけど……組み合わせが変だったりするのかなあ。うう、今まで服の着こなしなんてちゃんと考えてなかったんだから、それこそ女の子の服装のことなんてわかんないよ。
「あー……多分、悪い意味で見られてるわけじゃないと思うぞ。お前が喜ぶかどうかは別の話だけどな」
「? どういうこと?」
「いや、だからさ……鏡を見ただろ、って話」
「え? それって……え? え、そういうこと?」
 い、言われてみれば、さっきからちらちら視線を送ってくるのは若い男ばかり……。そんな、それじゃあ本当に、僕に惹かれてるってこと?
「今のお前がかなり可愛いのは言うまでもないとしてだ。それだけじゃないんだよな。なんつうか、こう、ヤバいんだよ。妙なフェロモンでも出してるみたいで。色気のない格好してようが関係ないんだ」
「ヤバいって……まさか、昨日みたいなっ?」
 ずざざっ、と和明から距離を取る
「待てっ! 待てってコラっ! 耐えられないわけじゃないし、だいたい、あの時だって俺からは手え出さなかっただろうがっ」
 うぐっ。そうだったよ……おかしくなったのは、むしろ僕のほうじゃないか……。
「ご、ゴメン。……でも、参っちゃうなあ。その辺も含めて、あの薬のせいかのかなあ」
 あ、ぼーっと僕を見てた男の子が、彼女らしい子に足を踏まれてる。ううっ、に、睨まれても困るようっ。嫉妬のこもった視線なんて初めてだよお。
「そうだな、その話も……まあ、飯食ってからにしようか」

   (続く……(汗))
posted by nekome at 23:38| Comment(2) | TrackBack(0) | 創作・変身
この記事へのコメント
nekomeさん、どうもお疲れ様です。
ここからどういう展開になるのか続きが非常に楽しみです。
元に戻れるのでしょうか? このままだとフェロモン等のせいで色々やばそうですが。
やっぱりTSはいいなあ、と再確認……。
Posted by 光ノ影 at 2008年09月07日 00:35
>光ノ影さん
お読みいただき、ありがとうございますっ。
特に見せ場のない、中途半端な部分のアップになってしまいましたが……(汗)

慣れないことをやっているんで、予想以上に手間取ってしまっています。
が、今後どうなるかはしっかり決まっていますので、しばしお待ちを〜(^^
Posted by nekome at 2008年09月07日 10:26
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