2008年04月21日

黄昏時の彼女(前編)

「それじゃ、また明日」
 学校の帰り道。俺の家の前に着いたところで、笑顔で手を振る彼女、橘沙夜香。白く透き通った肌に、長く伸ばした髪の色は艶やかな黒、人形のように整った愛らしい顔と、清楚な美少女のイメージを絵に描いたような娘だ。
 外見どころか性格も控えめ、というかうぶも良いところで、付き合って数ヶ月経っても、沙夜香とは手をつなぐ以上のことはできていない。
 そのこと自体に不満がないわけではないが、優しくて気の利く、俺にはもったいないくらいに理想的な彼女だ。
 だが、この時間。そろそろ――奴が来る。
「――ひっ!? う……あ……」
 突然身体を硬直させたかと思うと、俯いて、苦しそうに震え始める沙夜香。
 俺はそんな彼女を、声もかけずに見つめている。
 心配なわけじゃない。ただ、何もできないだけだ。
 
 やがて震えの止まった彼女は、顔を上げつつ、前に垂れていた髪を掻きあげ、俺に向かって妖艶に笑いかけた。
「――さあ、今日もお楽しみの時間といこうか、リョ・ウ・くん。親はまだ帰ってこないんだろう?」



 付き合い始めてひと月経っても手もつなげなかった俺と沙夜香の関係が一変したのは、夏休みの終りに行なった肝試しの時だ。
 一向に進展しない俺たちを見かねてチャンスを提供……というのは友人の弁だが、実際のところは、彼女のいない自分たちこそがその機会を活用したかったようだ。なんとか男女1人ずつでペアを作れるように面子を集め、肝試しに臨むこととなった。
 会場に使ったのは、近くにある廃校。一応、主催者たちが昼間のうちに校舎内を見回って安全を確認し、チェックポイントに回収用の札を置いておいたらしい。
 他のペアと途中で合流されるのは、イベントの狙いからいっても面白くない。ということで、必ず一組だけで出発し、彼らが戻ってきてから次の組が出発、という形が取られた。
 夜の廃校を二人きりで歩くというのはよっぽど怖いのか、それとも、何か仕掛けでも用意してあったのか。待っている間に、先行したペアの悲鳴が何度か響いてきた。戻ってきた連中も、詳しくは話さないながらも、しきりに怖かったと訴えている。流石に俺自身も少し不安になってしまったが、確かに友人たちの狙いは外れておらず、俺は最初から沙夜香にぎゅっと手を握られた状態でスタートすることができた。

 夜の校舎というのはただでさえ怖いものだが、廃校ともなると、余計に想像をかきたてられる。
 俺たちは、かすかな物音や、懐中電灯による影の変化にさえビクビクしながら、校舎の中を進んでいった。予想に反して仕掛けなどはなく、時折押し殺した悲鳴を上げつつも、なんとか順調にチェックポイントをこなしていくことができた。
 だが、最後の目的地である理科室の扉をくぐった途端、沙夜香が物凄い悲鳴を上げた。すぐに彼女が見たものに気付き、俺も思わず叫び声を上げる。
 理科室の奥に……血塗れの男が立っていたのだ!
 いや、立っていたと言えるのだろうか。何故か懐中電灯に頼らずとも見える男の身体は透けており、ふらふらと揺らめいているように見える。
 こいつこそが、さっきまでの悲鳴の原因なのか、なんらかの映像を使った仕掛けなのか、それとも本当に幽霊なのか。
 そんなことを考えている間にも、血塗れの男はすぅーっとこちらへ近づいてくる。沙夜香が再び悲鳴を上げ、俺の背中に隠れるようにしがみついた。俺はすぐにでも逃げ出したい気持ちを必死で抑え、男を睨みつけた。沙夜香を背後にかばったまま、廊下までじりじりと後ずさる。
 とうとう男の姿は眼前に迫り、そのまま俺の身体をすり抜けてゆく。その瞬間、猛烈な寒気に襲われ、全身に鳥肌が立った。沙夜香が息を呑む音と、身体の震えが伝わってくる。
 どのぐらいの時間が経っただろうか。特に何も起こっておらず、男の姿も消えていることに気付いた俺は、ようやく恐怖による金縛りから開放された。後ろに隠れていた沙夜香が、俺の腕にぎゅっとしがみついてくる。意外にも大きく柔らかな感触に包まれ、その時の俺は、よっぽど怖かったんだなあと思うとともに、ついつい口元を緩めてしまっていた。
 服越しに、沙夜香の心臓の鼓動が伝わってくる気がした。自分自身の心臓も激しく打ち鳴らされていたから、実際には、きちんと感じ取る余裕などなかったかもしれないが。
  恋人同士にも、吊り橋効果というものは現れるのだろうか?
 つい先ほどまで恐怖によって高まっていた鼓動は、沙夜香と密着していることによる胸の高鳴りへと、何時の間にか変化していた。視線を下ろすと、こちらを見上げている沙夜香と目が合う。その瞳が濡れているのは先ほどの出来事のせいなのだろうが、俺の目には、彼女が一層艶めかしく映ってしまっていた。
 さらに、沙夜香はおずおずと俺の正面に移動し、首に腕を回して抱きついてきた。近づく顔。閉じられる瞳。
 ……これは、キスして良いってことだよな? 俺の勘違いじゃないよな?
 こんな薄気味の悪いところで、しかも、先ほど恐ろしい思いをしたばかりで。果たして、ファーストキスに相応しいタイミングなのかは悩むところだ。だが、こんな時だからこそ、沙夜香は触れ合うことで安心したいのかもしれなくて。何より、目の前に迫った沙夜香の美しい顔に、俺がもう我慢できなくなっているわけで――
 俺はゆっくりと顔を近づけ、沙夜香と、唇を触れ合わせた。
 ――やった。過程はどうあれ、ここまで進展できるなんて。こんなイベントも、無駄じゃなかった。
 その瞬間の俺は、そう考えていた。

 その柔らかい感触をもっとじっくり味わいたいとも思ったが、最初からがっつくのも逆効果かと考え、俺は適当なところで唇を離そうとする。
 だがその前に、新たに俺の唇に触れるものがあった。濡れたものが、唇の上を撫でる感触。沙夜香が、舌を出してきたのだ。
 まさか、ここまで積極的になるなんて。俺が戸惑っている間にも、沙夜香はさらに舌を突き出し、唇を割って、俺の歯茎に舌を這わせ始める。
 うぶな子だと思っていたが、今まで我慢していたのか。それとも、たまたま気持ちが昂ぶってしまっているだけなのか。どちらにせよ、彼女が求めているのに、男が応えないわけにもいかないだろう。
 俺は意を決して口を開き、彼女と舌を絡ませあった。
「ん……ちゅぷ……んは……ふ……ちゅむ……」
「ぷぁ……ん……んちゅ……れろ……ぴちゃ……ふむ……」
 くぐもった声と水音、何より舌や口内から送られる快感に、興奮度合いは一層高まっていった。ディープキスがこんなに気持ちの良いものだったなんて。
 沙夜香はさらに激しく舌を蠢かせ、俺を圧倒し始めていた。俺の舌を、口腔のすべてを蹂躙し、唾液を流し込んでくる。ちょっと……激しすぎやしないだろうか。
 快感で頭がぼーっとしてきたが、流石に違和感を覚える。しかし、沙夜香は口への責めを緩めることのないまま、さらに身体を密着させてきた。沙夜香の二つの膨らみが、むぎゅっと、俺の胸に押し付けられる。
 不味い。もう股間がはちきれそうになっている。咄嗟に腰を引こうとするが、沙夜香はさらに前へ踏み出し、俺の股に片脚を挟み込んでくる。服越しとはいえ、太腿を股間に押し当てられ、俺は焦りとともに強い疑念を抱く。沙夜香はそのうえ、俺の右手を掴むと、自分の胸の膨らみへと――

 いくらなんでも、沙夜香らしくない。俺はそう思った時点で反射的に唇を離し、一旦沙夜香を引き離そうとして、その両肩へと手をかけた。
 ――瞬間、ぞくりと、冷気が肌を撫でた。
 この寒気は……ほんの少し前に経験したばかりじゃないか。今この瞬間まで気付かなかったのは、気分が高揚していたせいなのかもしれない。この冷気は、さっきからずっと傍にあったはずなのだから。
 だって、突然引き剥がされて驚いた表情を浮かべる沙夜香に重なるようにぼんやりと。
 血塗れの、男の姿が。
 
「――――っ!? うあああああっ!! だ、誰だっ、何なんだお前っ!?」
 思わず、沙夜香から手を離して飛び退いてしまう。
「「誰だ」なんて、ひどぉい。わたしは沙夜香よ? ……な〜んてな、くっくっく。残念だなあ気付いちまうなんて。もっとイイコトしてやろうと思ってたのによ」
 差し込む月明かりに照らされて、ニタリと顔を歪ませる沙夜香。彼女が浮かべたことのない、邪悪な雰囲気をまとった笑い方だ。それに、さっきの口調だって。
「どういうことだよ……? 何が起こって、いや、何やって……・! なんで、こんな」
「落ち着けよ。要するに、俺は幽霊ってやつさ。さっき見えたんだろう? そして、今はアンタの彼女に憑依中ってわけだ」
 可愛らしい顔と声のままで、偉そうに語りかけてくる「沙夜香」。くそ、憑依だと? 本当にそんなことがあるのか。だが、さっきは確かにヤツの姿が見えたし、尋常ではない寒気も感じた。間違いなく存在するのだろう、「幽霊」というやつは。それに、そんなことでもなければ、沙夜香の変貌に説明がつかない。
「知ってるか? この女、結構いいカラダしてんだぜ。おとなしそうなくせして感じやすいしなあ? ブラつけてるからわかんねえだろうけど、さっきのキスで乳首勃たっちまったし、アソコもジュンってな!」
 ニヤニヤと嬉しそうに笑いながら、両手で自分の胸を持ち上げてみせる沙夜香。こんな姿を見てはいけないと思いつつも、視線が吸い寄せられる。くう、沙夜香になんてことやらせるんだ、コイツ。
「くくく……もっと拝ませてやろうか。アンタが見たことのない、彼女の身体をさ」
 そう言いながら、ヤツは沙夜香の手を背中に回し、着ていたワンピースのファスナーに指をかけようとする。だが、そこで動きが止まり、少し思案する様子を見せた。
「……いや、こんな暗いところじゃ面白くないな。おい、また改めて来てやるからよ。楽しみにしておくんだな。へへっ」
 唐突に別れを口にすると、沙夜香はその場でガタガタと震え――それが収まると、寝ぼけたような雰囲気で、辺りを見回し始めた。
「――え? あ、あれ? わたし……」
 状況がわかっていないようで、邪気のない表情に見える。演技じゃない、よな。
「沙夜香……? だ、大丈夫……か? その、何があったか、覚えてるか?」
「覚えて……あ、うん。教室の中で、なんだかその、怖いものを見て、それが近づいてきて……も、もしかしてわたし気絶を? ごめんなさいっ」
「あ、ああいや。大丈夫、大丈夫だから。ほんのちょっとの間だったし」
 ヤツに憑依されている間の記憶はないのだろうか。ないというなら、それはそれで助かったかもしれない。進展どころか、危うく気まずい思いをさせられるところだった。
 とにかく、こんな場所に長居するべきではないだろう。俺は沙夜香を促し、夜の廃校から足早に抜け出した。ヤツの残した言葉が、頭の片隅に引っ掛かってはいたが。

(つづく)
posted by nekome at 18:04| Comment(6) | TrackBack(0) | 創作・憑依
この記事へのコメント
う〜ん!
幽霊の憑依、そそられますねぇ。
やっぱり怪しい場所には近づかないほうがいいですね。
いや。むしろ彼らのように、好みの女性を連れてゆけば……。
続きがとても気になります!
Posted by Tira at 2008年04月21日 23:54
というか、血まみれの男恐ぇ!!
思わず写真を撮って成仏させてやりたくなりますよ…って、このネタ分かりますかねw
PS2ゲームの零シリーズ何ですが。

シリーズと言えば、この男は『身勝手な悪霊』シリーズのあの男でしょうかね。
私、大和撫子タイプの女性に弱くって、
特に黒髪のロングというのがとてつもなくツボです。
彼女にあまり無茶をさせないで〜。
Posted by T.J at 2008年04月22日 07:58
血まみれ幽霊、学校、憑依…思わず「絶望」を思い浮かべてしまったのは私だけではない筈だ(笑)続き、楽しみにしています。
Posted by D/I at 2008年04月22日 19:57
なかなか時間が取れずに、分割掲載という形にしてしまいました〜。もう少し分割向きの話まで、この手は取っておくつもりだったんですが(^^;
な、なんとか近日中に続きをアップしたいです。少々お待ちを〜。

>Tiraさん
お読みいただき、ありがとうございますっ。
そうですね、好みの女性を連れていけばあるいは……
まあ、「幽霊の」好みの女性である必要があるかもしれませんけど(笑)
続きはエロ本番……になるよう頑張らねばっ(^^;

>T.Jさん
お読みいただき、ありがとうございますっ。
ぬうっ、PS2には疎いのでありんす……
無駄に恐怖演出に凝りそうになったのを抑えながら書いてました(^^;
ちなみに、血塗れな彼は清人とは別口の幽霊だったりします。

黒髪ロングは大好きなんですよお。憑依モノでは使わずにはいられません。
つまり……や、優しくはできないんですにゃあ(爆)

>D/Iさん
お読みいただき、ありがとうございますっ。
ええ、誰よりわたし自身がそれを思い浮かべながら書きました(笑)
廃校ですしねっ!
「彼ら」と違って、気絶させずとも憑依できるのが強みですね(^^
Posted by nekome at 2008年04月22日 21:08
なんという最高シチュ・・・!!
滅茶苦茶続きが気になりますっ><

こんな幽霊がいるなら是非お友達になりたいですwww
Posted by k at 2008年04月28日 20:57
>kさん
お喜びいただけて何よりですっ(^^
つ、続きは明日……明日にはアップいたしますのでっ<と言って自分の首を締める

そうですねえ、友達に出来れば最高ですよね。あの娘もその娘も思いのままさあっ!
Posted by nekome at 2008年04月29日 20:24
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/14266464
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック
banner4.jpg